ロックミュージック、本、映画、食べ物、自分の言いたいことを支離滅裂に語ります。

「継続は力」という言葉は言い過ぎではないと断言できるので私の経験をもとに説明しよう。

こんにちわ。

支離滅裂ブロガーのようちゃんです。

 

良くその道のプロの方たちが言う「継続は力」という言葉は真実だと思ったので、なぜ私がそう思ったのかを書きます。

今から書くことはまぎれもない事実であり、実際に私の身に起こったことなので信憑性は高いです。

否定的な考えを持つ方ももちろんいると思いますが、信じて欲しい。どうせなら信じて実践してもらうことで読者の皆さんの「励み」みたいなものにして欲しいからです。

 

やりたくないことでも継続していけばそれなりの力はつく

まずはじめになぜ継続すると力がつくかを説明しよう。

簡単な事です。

車の免許を持っている人は多いと思います。

実際に車を所有してないが、免許だけは持っているのでは?

では、はじめから車を運転する事が出来ていた人っていたでしょうか?いないんじゃないかと思います。

私もはじめは車の運転って思っていたよりも複雑だなって思って教習所に通ってました。しかし、お金払っちゃったし、免許取らないと勿体無いって思ってたし、何よりも大学時代は田舎に住んでたので車がないと不便なので何としてでも免許を取ろうという気持ちが勝ちました。教官とソリが合わなくて運転センスのない私は通うのが億劫になってた時もありましたが、何とか免許とれました。

「億劫になっていても免許が取れた」

ということが今回のブログのポイントでもあります。

運転に自身がなくて半ば強いられたにもかかわらず私は免許を取ることができました。

「運転免許を取るくらいで継続は力って言葉を使うのは言い過ぎでしょ?」って思ったそこのあなた!!!

よくぞ思ってくれましたw

では運転免許よりも取るのが大変な資格を取った私の具体例を交えて次の章で説明していきます。

 

国家資格も本人の好き嫌いは別として取ることは可能

私はとある医療系の国家資格を取得していて、現在生活のためにその資格を活かす職業についています。ただ私のライフスタイルや考え方に合わないので異業種に転職しようといている今日この頃です。

 

取りたくもない資格も強制されたら取れてしまった

    私は親との議論の末、安定を手に入れるために資格取得を目標とする専門性の高い大学に入学した。

1年生の時は大学生活というものの目新しさに触れて何とかこなすことができたが、2年目以降はやりたくもない興味もない勉強を嫌々やっていかないといけない生活を続けることを受け入れられず気持ちは荒れに荒れた。

もともと要領が悪い私は勉強も人より理解するのに時間がかかるのでちょっとやそっとじゃ学力は身につくわけもなく毎年のように留年の危機にあっていた。

まあ自分で引き起こしてしまったことだから自業自得である。

親に悪いことをしているなって気持ちもあった。(追試験代もかかるしね)

そんな私は学生生活が中盤に差し掛かる頃から嫌いな勉強は勉強が好きな人に聞きにいった方が良いんだってことがわかったし、学校の先生はどんなバカな質問もわかりやすく説明してくれた。同じような質問に対しても何度も1から教えてくれた。

そして友人の力もかりて、嫌いな勉強を少しでも面白おかしくこなすことで何とか卒業でき、奇跡的に国家試験にも合格できた。

 

これが私の経験です。

決して自慢できるような学生生活でありません。志も低かった。

加えて言うと私は一般家庭の出身で裕福な家庭の子供ではなかった。

私立の大学で学費も高いが親の努力のおかげでなんとか払えた。

「結局親の力が大きいんだ」っていう方。なかなかの腐り具合ですね嫌いじゃありませんよそういう人。成績が良くも悪くも奨学金制度を活用すれば可能だと思います。無利子のものと有利子のものを併用すればなんとかなります。社会人になったら少しづつ返済していけば良いのです。

 

こんなに勉強嫌いで嫌々ながら勉強していた私でも

「親が学費払ってくれてるし引くに引けない」と思って

強制された結果、大学卒業と国家試験合格ができました。

 

最後に

私の経験から嫌いなことでも強制されて継続すれば力はつくと言える。ということが言いたい。

 

だから、好きなことをやって継続すればなおさら力はつく。

 

根性論はいらないんです。

とにかく続けさえすれば何かしらの形になります。

 

 

読んでくれてありがとうございます。

世界は複雑のようで実はシンプルなのかもしれませんね。

以上!